大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

前橋地方裁判所高崎支部 昭和63年(ワ)50号 判決

原告

原田繁彦

右訴訟代理人弁護士

内藤隆

被告

東日本旅客鉄道株式会社

右代表者代表取締役

住田正二

被告

黒沢信夫

右両名訴訟代理人弁護士

土屋東一

主文

一  被告らは、原告に対し、各自金五万一五四〇円及びこれに対する昭和六二年四月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余は被告らの連帯負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自金一〇万一五四〇円及びこれに対する昭和六二年四月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告

原告は、被告東日本旅客鉄道株式会社(以下、「被告会社」という。)に雇用されている職員で、昭和六二年四月六日に発生した本件の当時、軽井沢駅の輸送係として勤務していた。

(二) 被告ら

(1) 被告会社は、昭和六二年四月一日に設立された株式会社であり、原告及び被告黒沢信夫(以下、「被告黒沢」という。)の使用者である。

(2) 被告黒沢は、被告会社に雇用されている職員で、本件当時、軽井沢駅首席助役の地位にあった。

2  本件不法行為

(一) 被告黒沢は、昭和六二年四月六日午前一〇時二五分ころから、軽井沢駅改札詰所において、原告に対し、作業ダイヤの説明を行っていた。

(二) 原告は、右説明を腕組みをして聞いていたところ、被告黒沢は、同日午前一〇時三〇分ころ、「腕なんか組んで人の話を聞くんじゃねえ。」と言って、突然、原告の左腕上腕部を握持してこれを斜め上方にひねり上げた。

(三) 被告黒沢の右行為により、原告は加療約一週間を要する頸部筋筋膜症の障害を負った。

3  被告らの責任

(一) 被告黒沢は、原告に対し、直接前記暴行を加えた者として民法七〇九条により、原告の被った損害を賠償する責任を負う。

(二) 被告黒沢の右行為は、同被告の勤務時間中に、作業ダイヤの説明という職務の執行に際して行われたものであるから、被告会社は被告黒沢の使用者として民法七一五条一項により、被告黒沢が前記暴行により原告に加えた損害を賠償する責任を負う。

4  損害

(一) 治療費

原告は、昭和六二年四月七日及び同月一〇日の両日、軽井沢病院(長野県北佐久郡軽井沢町大字長倉二四一六所在)で治療を受け、その費用として金一五四〇円を支払った。

(二) 慰謝料

原告は、被告黒沢の本件不法行為により精神的苦痛を受け、これを金銭に評価すれば金一〇万円を下らない。

よって、原告は、被告らに対し、不法行為による損害賠償として、各自右損害金合計金一〇万一五四〇円及びこれに対する不法行為の日である昭和六二年四月六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否及び反論

1  請求原因1の各事実はいずれも認める。

2(一)  同2(一)の事実は認める。ただし、説明をしたのは同日午前一一時三分ころからである。

(二)  同(二)のうち、原告が腕組みをして説明を聞いていた事実及び被告黒沢が原告の身体に接触した事実は認め、その余の事実は否認する。

被告黒沢は、腕組みをして説明を聞いていた原告の態度を注意するために、右の掌で原告の腕に軽く触れたにすぎない。

(三)  同(三)のうち、原告に対する診断名が頸部筋筋膜症であることは認め、その症状が実際に発生したこと及びそれが被告黒沢の行為に基づくものであることはいずれも否認する。

(違法性の不存在)

被告黒沢の行為は、つぎの観点から、社会生活の常規に属する行動として何ら違法性がない。

(1) 被告黒沢の行為態様

原告は、被告黒沢が作業ダイヤの説明をする間、椅子に浅く座り、左足を屑籠の上に投げ出し、腕を組んで顔を上に向け、目をつぶり反り返るような姿勢をして、説明を聞いているのか聞いていないのか分からない態度であった。そこで、被告黒沢は、説明が終わって立ち上がりながら、一メートルと離れていない原告のそばに歩み寄り、原告に対し「点呼でもいつも言っているでしょう。上司から業務の説明を受ける時は、腕なんか組まずに姿勢を正して受けるように。今は仕事中の時間ですよ。」と注意し、腕組みをしている原告の左腕の肘の部分を右の掌で軽く触れて事務室を出た。

(2) 行為の目的及びその程度

以上のとおり、被告黒沢は上司として原告の態度に注意をする目的で原告の腕に触れたものであり、かつ、その程度も軽微なものである。

(3) 結果

頸部筋筋膜症の症状は、寝違えて頸部痛を覚える程度の軽微なものであり、通常は医師の診療を受けず日常生活の中で治癒するものであって、傷害とはいえない軽度なものである。

3  同3の主張はいずれも争う。

4(一)  同4(一)の事実は不知。

(二)  同(二)の事実は否認する。

第三証拠関係(略)

理由

一  当事者の地位

請求原因1の各事実はいずれも当事者間に争いがない。

二  本件不法行為の成立

1  被告黒沢の本件行為

請求原因2のうち、昭和六二年四月六日の午前中、軽井沢駅改札事務室内で、被告黒沢が原告に対し、作業ダイヤの説明を行っていた際、原告が腕組みをして聞いていたこと、被告黒沢は、原告のこの態度を注意しようとして原告の腕に触れたことは当事者間に争いがない。

右争いのない事実に(証拠略)並びに証人福川文男の証言及び原告本人尋問の結果を総合すれば、次の事実が認められる。

昭和六二年四月六日午前中、被告黒沢は、改札事務室内の精算窓口の机に向かって腰掛け、右側から右机に向かって腰掛けていた原告に作業ダイヤの改正の説明をしていたが、原告が腕を組んでうつむき加減の姿勢で聞いていたため、右説明終了後、原告に対し、語気やや鋭く、「人の話を聞くのに腕を組んでいるんじゃねえ。」と注意し、立ち上がって原告の左脇から、突然、原告の組んでいた左上腕部を、これによって原告の組んでいた腕が解かれる程度に、内側から上向きに叩くようにはね上げた(以下、被告黒沢の右行為を「本件行為」という。)

被告黒沢は、その本人尋問において、「腕組みをしないで解きなさい。」と言って、原告の左腕の外側を、挨拶で肩を叩く程度に軽く触れた旨供述し、(証拠略)にはこれに沿う記載があるが、前掲各証拠に照らすと、いずれもこれを採用することができず、その他にも、前記認定を覆すに足りる証拠はない。

2  原告の本件症状

(証拠略)及び証人関戸弘通の証言によれば、原告は、昭和六二年四月七日に肩の痛みを訴えて、軽井沢町国民健康保健軽井沢病院で医師関戸弘通の診察を受けたこと、同医師の診察により、左後頸部から肩にかけて筋肉の固さと圧痛の症状が認められたが、肩には神経学的所見やレントゲン所見は認められなかったこと、以上の所見から、同医師は、前記痛みは頸部の筋肉由来の痛みであると判断して頸部筋筋膜症と診断し、同日、湿布薬(ゼラップ)を処方したこと、原告は、同年四月一〇日に左肩の痛みに加えて右肩のこわばりを訴えて再び同医師の診察を受けたが、症状としては前記と同様であったこと、同医師は、同日、温熱療法を施し、筋弛緩剤(ミオナール)を投与したこと、右肩のこわばりは左肩の痛みをかばうように筋肉が働くために生じたと考えられること、以上の事実が認められる。(以下これらの症状を「本件症状」という。)

3  因果関係

以上認定の本件行為の態様及び本件症状に、証人福川の証言により認められる本件行為のあった当日の午後原告が福川に「冗談じゃなく、首が痛くなってきた。」と話していた事実及び証人関戸の証言により認められる頸部の筋肉がリラックスしているときに不意に外部の力が加わった場合には、本件症状は軽微な外力でも生じうるとの事実を併せ考えると、本件症状の原因は本件行為にあるものと推認することができ、右推認を動かすに足りる証拠はない。

4  本件行為の違法性

以上の認定によれば、被告黒沢の本件行為は、上司が部下の職務態度を注意するための限界を逸脱したものであり、本件行為により、軽微ではあるが、医学的に治療可能な症状が発症したことを併せ考えれば、本件行為には違法性があるものといわざるをえず、このことは、本件行為が原告の態度に誘発されたものであったこと、本件症状が日常生活の中で自然に治癒する程度のものであったこと等の事情によって左右されるものではない。

三  被告らの責任

1  以上の認定によれば、被告黒沢は、原告に対して直接本件行為に及んだ者として、民法七〇九条により、原告の被った損害を賠償すべき義務があることは明らかである。

2  被告会社が被告黒沢の使用者であることは当事者間に争いがなく、本件行為は、被告黒沢が、勤務時間中首席助役として作業ダイヤ改正の説明という職務の執行に際して行われたものであることは前認定のとおりであり、これによれば、被告黒沢の行為は被告会社の事業の執行につきなされたものということができるから、被告会社は、民法七一五条により、被告黒沢が原告に加えた損害を賠償する義務がある。

四  損害

1  治療費 金一五四〇円

前記二2認定の事実及び(証拠略)によれば、請求原因4(一)の事実が認められる。

2  慰謝料 金五万円

被告黒沢の本件行為態様、本件症状ことに受傷程度及び原告の態度にも本件行為を誘発する一因があったこと、その他本件に顕れた諸般の事情を総合勘案すれば、本件行為による損害に対する慰謝料は、金五万円とするのが相当である。

五  結論

以上のとおりで、原告の本件請求は、被告らに対し、各自損害賠償金五万一五四〇円及びこれに対する本件不法行為の日である昭和六二年四月六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるから、右限度でこれを認容し、その余の請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項但書を、仮執行宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 楠賢二 裁判官 高野芳久 裁判官 中島肇)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例